久々のレビューは、いま僕が日本一面白いと思っている役者集団TEAM-NACSの、第10回公演『LOOSER -失い続けてしまうアルバム-』の感想です。
おそらくこのサイトを見ている人間の9割以上がまったく知らないような内容ですが、それでもやります。
たぶん、TEAM-NACSを知らない人でも、なんとなくは分かるんじゃないかと思います。・・・たぶん。
『LOOSER』は今年に公演した演目をDVDにしたもので、ちょうど流行りだった新撰組を題材とした内容となっています。
しかし、脚本を書いたTEAM-NACSリーダーの森崎博之は、歴史が苦手な活字嫌いということで、それが逆に従来の新撰組の物語とは違った視点で描かれました。
歴史嫌いが書いた歴史物だけあって、そういうのが苦手な人でもすんなりみれるんじゃないでしょうか。
では、まずはTEAM-NACSの紹介からいきます。
・そもそもTEAM-NACSって何よ?
TEAM-NACS(以降ナックス)は、北海道学園大学演劇研究部にて知り合い仲良くなった5人組で構成されている。
あまりに仲が良かったせいか、周りからは「ちょっとあいつらなんか違うぞ」ってくらいに浮いていた存在だったらしい。
しまいには、うちは演劇研究部、お前らは『なっくす』だ、と区別までされるほどだったが、演劇に対する思いは強かった。
演劇をやるなら、お客に見てもらわなければ意味がない。演劇研究会の会長になった森崎博之(現ナックスリーダー)は、そうやって集客に勤め、当時、プロの劇団であった『OOPARTS』にも参加していた安田顕は演劇のノウハウを学び、それを演劇研究会で生かしていた。
その後、佐藤重幸、大泉洋、音尾琢真の3人が入り仲良くなった5人だったが、森崎博之、安田顕の卒業を記念し、解散公演『LETTER』をもってナックスの5人はバラバラになる。
しかし一度は就職し、会社員として勤めていた森崎博之は、やはり演劇の道を目指して東京から札幌へ帰り、ナックスを再結成。
復活公演『RECOVER』、アマチュアからの卒業を銘打った卒業公演『FEVER』、そしてプロとしての活動を志し、過去の再演『DOOR』でプロデビューする。
その後、大泉洋が『水曜どうでしょう』で人気が出始め、それがナックスの認知度を高める結果となり、公演を行うごとに観客動員数は伸びていった。
さらに大泉洋だけでなく、それぞれメンバーが各メディアで顔を出すようになり、2002年『WAR』で9400人の観客動員数をマークした。
この頃になり、東京の池袋サンシャイン劇場から、「東京で演ってみないか?」と話が持ちかけられ、2004年、記念すべき第10回公演『LOOSER』で見事、東京公演を成功させた。
というわけで、もとは演劇部の先輩、後輩だった5人がそのままプロとなり、今では芝居に留まらずバラエティからドラマ、ナレーター、ラジオパーソナリティーと、多彩な活動をしている。
詳しいプロフィールは所属事務所CREATIVE OFFICE CUEを参照してもらうとして、次はいよいよ(というかようやく)LOOSERの感想へ。
・ほんとに時代劇やんの?
ナックスの演劇といえば、「パワー・勢い・テンション」の3拍子で、架空の舞台や身近な話題が多かったようだ。
それがいきなり時代劇に挑戦するんだから、おいおい大丈夫? となってしまう。
しかし毎回脚本を書いている森崎博之にとっては、脚本をこれからも書いていく上で、手をつけなかったものに挑戦するというのは一皮むけるために必要なプロセスだった。
たしかにいつまでも似たようなものばかりやっていては、脚本家も役者も伸びないし、観客だって離れていってしまう。新境地を開拓するためのふんばりどころだったのだろう。
歴史物が苦手な脚本家が描いたのは、現代に生きる冴えない30の独身男が、時を越える薬を手に入れ150年前にタイムトリップするというもの。
現代では何も考えず、ぼんやりと生きて、生きてるのか死んでるのかさえどうでもいいような毎日を送っていたが、150年前の幕末では、日本を良くしたいと、さまざまな思いがすれ違い、ぶつかりあっていた。
そのなかで主人公の『佐藤重幸』は、新撰組の『山南啓助』として時代を生きる者たちの素顔を見ることとなる。
ナックスの演劇は、どちらかといえば女性客が多い。そのなかで本格的な歴史物ではなく、分かりやすいタッチと合間にはさむ解説で、ストーリーの流れを断つことなく、すんなりと受け入れることが出来るようになったと思う。
さらに森崎博之ならではの新解釈で、新撰組だっていつも規律正しくやってなかったんじゃないか。もっとダラダラしてるときだってあったんじゃない? という設定のもと、どこか愛嬌と親しみを感じるキャラクターとして、新撰組隊士たちは表現されていた。
なにより圧巻なのは、劇団でありながらたった5人しかいないナックスの劇で、新撰組隊士、長州藩士、その他もろもろの役をすべて5人でやり遂げていることだ。
ひとりで何役もこなし、だからこそできるちょっとしたトリックも面白い。
歴史嫌いもすんなり見れて、歴史好きには一風変わった視点で楽しめる、それが森崎博之流の新撰組であり、『LOOSER』だ。
・それぞれの役どころ
次は5人それぞれの役どころの紹介。それぞれ特徴が際立ってます。
‐森崎博之‐
顔の大きさに定評のある(頭周り64cm)リーダーは、新撰組局長、近藤勇を演じる。
とにかく芝居の大きい森崎は、その迫力たるや「大きすぎるんじゃない?」ってくらいのもので、ある意味、ありえない。
しかしあまりに自信たっぷりに、大きすぎる芝居を打つものだから、観てるうちにその迫力にはまってしまうという不思議な魅力を持っている。
また長州藩に力を貸す肥後の宮部鼎蔵では、あからさま過ぎる熊本弁で、とにかく語尾に「〜ばい」とつけていた。
いくらなんでもそりゃないだろってくらいに言っていたので、もしかしたら森崎以外のメンバーが面白くてリクエストしたのかもしれない。
なのに、クライマックスのシリアスなシーンでは、そんな間抜けにも思える口調も板についているように思えて、はまっていた。
これが森崎の魅力なのか、単に慣れちゃっただけなのかは謎。
‐安田顕‐
今回、前半でもっともおいしく、さらに全体にわたって斬られ役だった安田は、酒乱で粗暴な芹沢鴨を演じる。
傍若無人な振る舞いで、新撰組初期に隊内で粛清された芹沢鴨は、どちらかといえば悪人として描かれることが多い。
しかし森崎の書いた脚本では、芹沢鴨は酒のみで豪放で、どこか魅力溢れる人間くささをもっていた。
倒幕思想を持ちながら、安政の大獄において処刑の数日前に大老、井伊直弼が暗殺され、死に場所を失い、今では御用改め方として倒幕派を斬る役目を負っている。
そんなやりきれない思いを叫び、特に妾のお梅が梅毒で死んでしまうシーンでは、たったひとりで演じながら、男の切なさを見事に演じていた。
ナックスのなかで、僕が一番好きな芝居をする安田顕にとって、芹沢鴨はハマリ役だったと思う。
また後半では、長州藩士、古高俊太郎という若き理想に燃える青年として登場。登場したシーンで、しつこく「俺だよ、古高俊太郎だよ」と連呼するシーンには笑わされた。
ワイルドな表現から繊細に、時にナイーブに見せる演技は、安田顕ならではの魅力だと思う。
‐佐藤重幸‐
今回の主役として、現代では『佐藤重幸』、幕末時代では、一度目は新撰組の山南敬助、二度目は長州藩士の吉田稔麿としてふたつの勢力を行き来する。
すれ違い、ぶつかり合う思想の本流の中で、自分とは何か、誠とは、大儀とは、と葛藤する姿が非常に似合っていた。
シャープでメリハリのある演技は飽きさせることなく、シリアス・ギャグの両面でその個性が際立っている。
特に、一度幕末へ行き、そして現代の日常に戻ったとき、何もない自分の生活、何も起こらない自分の歴史、生きている意味も見出せないありきたりな日常で独白するシーンは、今回の見所のひとつだと思う。
「俺の人生、ずっと何かあると考えていた……」小さくつぶやく台詞と、どうしようもない日常にうなだれる姿は、まるで姿見のように自分自身を投影してしまう。
そして後半では、いま自分がするべきことは何かを、葛藤の中で決断を迫られる。そのときのどうしようもなく身悶えるさまは、見ているこちらまでをも迷わせる。
‐大泉洋‐
舞台役者・大泉洋の魅力は、バラエティでは表現できないものだと感じる。
新撰組副長、土方歳三をはじめ、坂本竜馬やもろもろの端役で登場し、その役ひとつひとつで特徴ある演技を見せる。
序盤においては、冷徹で知られる土方として登場するが、森崎の描いた脚本『新撰組だってゆるいときもあるんじゃない?』という観点から、とにかくゆるーいところを見せる。
しかし芹沢鴨の処刑後、芹沢が遺した言葉に従い、土方は冷徹に新撰組の名を挙げるため、斬るべき敵を作り、指揮を執る。
その真剣な表情には凄みがあり、舞台役者、大泉洋の力を感じた。
また、坂本竜馬として登場すると、土佐訛りの言葉で演説を振るう。水曜どうでしょうがプロデュースした『蟹頭十郎太』でもそうだったが、とにかくまくしたてるような演説には人を惹きつける魅力を感じる。
実のところ僕は大泉洋のことを、決して格好良くはない、と思っていたが、これを見て180度意見を変えた。
舞台役者・大泉洋は、間違いなく「格好良い」
また山南敬助こと佐藤重幸と、「どっちが弱いか対決」をする土方は、とにかく間抜けで面白い。こういうギャグシーンを演じているときは生き生きとして見える。
‐音尾琢真‐
ナックス最年少でありながら、演技力には定評のある音尾が演じたのは、新撰組一番隊隊長、沖田総司と、長州藩士、桂小五郎。
物腰が柔らかく、それでいてさばけた感覚で倒幕派を斬る沖田と、倒幕の理想を掲げる桂という、相反するような役どころを柔軟に演じ分けているのはさすがだった。
また、高校時代には新体操をやっていただけあって、身軽な動きにも光るものがある。
しかしそれ以上に、音尾琢真の真骨頂と言えたのが、桂小五郎が新撰組の目を欺くためにした変装である。
なんともいえない魚顔の音尾は、そのまんま、魚に変装してやり過ごすというシーンがある。
舞台上で横になり、「びちっびちびちっ」と跳ねる姿は必見だ。その動き、普通の人間には不可能と言っていい。
また、沖田総司の最期も、あっけなさが表れており、それだけに役者の演技力を感じた。
今回の舞台において、名脇役をこなしていたと思う。
・全体を通して
5人で何役もこなすという力技を、羽織っている袴を着分けることでクリアしたのはなかなか良いアイデアだったと思う。
設定も、何を伝えたいかという趣旨もはっきり見え、やはり中盤における佐藤重幸の独白シーンが際立って良かった。
また女性だけでなく、男性でも十分に楽しめる内容で、適度にギャグを散りばめているため、飽きたり中だるみのないままラストまで繋がっている。
正直なところ、ナックスは好きだが、舞台役者としてはどうなんだろう、といった思いもあったが、これを観て思った。
ナックスは演劇集団だ、と。
そんなTEAM-NACSの次回作は、全国ツアーとして各地を巡るという、芝居の公演形態としてはあまり聞いたことのないようなチャレンジをする。
次回はクラシック音楽の話だそうで、演目名は『COMPOSER -響き続ける旋律の調べ-』
ホームの札幌から東京、そして全国へと幅を広げ、決して内輪だけが面白いものではなく、初めてナックスを知る人でも楽しめる演劇として成長していくのを、今度は生で体験してみたい。
TEAM-NACS所属事務所 CREATIVE OFFICE CUE